心と体

死の瞬間

 毛利孝一という町の開業医の方が、ご自身の経験と、臨終に立ち会った数多くの患者さんの状況から書かれた「死の瞬間」という本を読んだ。(菁柿堂刊)

 私は同窓会などで「がん待望論」と称して、同じ死ぬのなら痴呆になって、近隣に迷惑をかけたりするよりは、死期を予告してもらえる「がん」で死にたいという話をすると、友人たちは「がんの末期は苦しいらしいよ」と反論してくる。

 死に直面して、一時的な苦しみは甘んじて受ける積りでいたが、この「死の瞬間」を読むと、必ずしも苦しいとは限らないことが分かってきていると言う。外から見ていると、七転八倒の苦しみのように見えても、本人は案外フワフワの雲の上に乗っているような気分で、苦痛を感じていなようなのである。

 その理由として毛利さんは、元々人間はほんとに痛くなったり、苦しくなったりした時には、ベータ・エンドルフィンというモルヒネ様の物質を作り出し、この痛みを大幅に緩和するのだそうである。やはり生物というのはよくできているものだと感心すると同時に、次の同窓会には「死ぬ時には苦しまないらしいよ」と言ってやる積りである。

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勝ちを引き寄せる

 ゴルフで話題の石川遼君のお父さんがテレビに出ていて、遼君の性格について、興味あるお話をしていたので、ここの記述しておきたい。

 彼(お父さん)曰く、
 誰でもある意味で人生の岐路に立たされた時、例えばこのショットを成功させて、或いはこのパットを入れて、・・・・といった切羽詰った苦境に立たされたとき、それに向き合う態度の点で、大きく分けて二種類の人がいるようである。
 

 Aという人は「このショットをミスしたら、恥ずかしいなあ」とか「マスコミが非難するだろう」とか失敗した時の惨めさを思い描く人であり、
 

 Bという人は「このショットを決めたら、かっこいいだろうなあ」とか「ここで入れたら、満場の拍手が来るだろう」とか成功したときの事を心に描く人がいるが、遼の場合は完全にBの人であり、失敗することを心に描くことはないようである。

 我々は一般的には「こうありたいと望む」とき、例えばお金がないから、お金持ちになりたいとか、成績が上がらないから、もっと賢くなりたいとか、ネガティブなものを想定して、それを補う形で「欲しいもの」を描くが、それではほんとに欲しいものを引き寄せることは出来ない。

 その点、遼君のように、最初から「こうあって欲しい」と言う想念を心に描いて、進んでいける人こそが、自分の理想を引き寄せることが出来る人であり、このような人生観が彼の中にある限り、イップス病もないだろうし、常に勝利を引き寄せることが出来るのである。

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銀河観音

 大変不思議な展覧会を見せていただくこととなった。

 娘からの連絡では、知り合いの嵯知さんという方の個展が銀座であると言う。内容は人物中心の水墨画とのことで、あまり乗り気ではなかったが、会場内で篠笛のミニコンサートがあるというので、これに引かれて急遽出かけることとした。

 銀座はソニービルの裏手にある小さなギャラリーは沢山の人で埋まっていたが、妙に静かで、絵を描かれた高杉嵯知さんが赤紫の法衣を着て、人々の間を巡って、にこやかに挨拶して回っておられた。

 4,50枚展示されている絵の題名は総て「銀河観音」で、女性の上半身を薄墨で描かれた、素朴で素晴らしい雰囲気の絵だった。これらの絵は過去に描かれたものではなく、この展覧会のために一気に描いたものだとことである。

 解説書によると、嵯知さんは仏の啓示で仏門に入り、仏の指示でこの観音様を描いているのだとのこと。誠にスピリッチュアルな世界を垣間見ることとなった。

 いつ篠笛の演奏会があるか分からなかったので、早めの午後3時過ぎについたが、暫らく待っても一向に始まる気配がないので、聞いてみると、嵯知さんにも分からないとのこと。二時間ほど待って、5時過ぎにようやく、篠笛の奏者(雲流さんという方)来れれて、始まった。

 篠笛あり、竜笛あり、縦笛ありで、アドリブで吹かれているのではないかと思うぐらい、その場の雰囲気にぴったりの曲が流れて、大変幻想的でした。雲流さんご自身も、この音楽がこれら観音様の背景として、演奏したいとの事。

 素晴らしい演奏で、小さい音も聞き漏らすまいと、どっぷりとその雰囲気に入り込んでしまった。30分足らずだったと思うが、笛の奏でる祈りの気持ちを堪能した一日であった。

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母の死(2)

 母が90歳を過ぎて、予てから持病の高血圧が悪化して、ある朝脳溢血を起こして、救急車で病院に担ぎ込まれた。私は単身赴任先の三島から駆けつけたときには、意識が戻っていて、しきりに家に帰りたかがったが、治療を続けるためにそのまま入院ということになった。

 歳が歳なものだから、病状も一進一退を繰り返し、少しよくなると廊下を歩いたりしてリハビリをしていた。私が見舞いに行くと、よく昔話をするようになったが、それほどボケが来ているようには見えなかった。 

 少しづつ身体は衰弱し、93歳になって意識も薄れていって、特別室に移されたが、余程生命力が強かったのか、力強く心臓は働いていた。

 1991年秋、京都地方を台風が通過して、その出水で先祖の墓が流されたと言う連絡があり、修復に必要な工事等について、お寺から指示があった。早速指示通りの手配をお願いしたが、意外と手間取り翌1992年5月になってようやく完成した。その頃は丁度母が死線をさまよっている頃であった。
 
 6月7日に新しくなったお墓の入魂式(?)をするというので出かけた。子供の頃から見慣れたお墓とは違って、比較的広い土地に20基ほど石塔が並び、新しく五輪塔が出来上がって、立派に完成していた。
 
 無事入魂式を終えて横浜に帰ってきたが、その辺りから母の容態が急に悪化して、同じ月の24日に他界することになる。不思議と言えば不思議であるが、母 は自分の帰る所がキチット完成するのを見届けて、ようやく安心して身まかったのだろうか。人間の英知を超えた神の世界を見たように感じた。

 

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母の死(1)

 まだ私が5、6歳の子供だった頃のことです。当時、夜寝る前には母に本を読んでもらっていたが、その日のお話は「ある人が素晴らしい仕事をやり遂げて、神様から大変褒められ、褒美に何でも好きなものを上げようと言われた。」というものでした。(子供の本ではよくある話ですが)その時、その人が神様に何をお願いしたかはすっかり忘れてしまいましたが、私は自分も大きくなったら神様に褒めてもらえるような仕事をするんだと強く心に誓ったものでした。と同時に、心に浮かんだのはもし自分がよい仕事をして神様から好きなものを一つあげると言われたら、何をお願いするだろうかということでした。

 眠れないままに、真剣になって考えた末に考えついたのは「母が死ぬ時には、自分も一緒に死なして欲しい」と言うことでした。5歳や6歳の子供が考えることではないのかも知れませんが、当時大変病弱だった私が母の献身的な愛で育てられ、母なしでは一日も生きられないと思っていたせいではないかと思います。

 因みに、母は1899年生まれで、私が1934年生まれですから、35歳の違いがありました。母の兄弟は男3人、女3人の6人兄弟で、母は女姉妹の真ん中でしたが、家系的に短命だったのでしょうか、当時既に上の兄二人が亡くなっていました。その後も次々に亡くなり、ついには弟も妹も亡くなって、兄弟では母1人になってしまっていました。

 私は1957年に社会人になり、59年には両親を社宅に呼んで一緒に暮らし始めました。1970年に父を送り、以後は新しく出来た私の家族と母を伴って、各地の社宅暮らしを続け、1974年、横浜に自分の家を確保して、母も一応落ち着いた生活が出来ていたように思います。その時私が40歳で、母は、今の私の歳である75歳でした。

 その後母が80歳になっても、85歳になっても元気で頑張ってくれているのを見ている内に、私が子供のときに神様に誓った「母と同じ時に死なしてください。」という言葉を思い出しました。勿論、当時は逆に母を庇護する立場にありましたが、母としてはまだまだ私が頼りないと思っていたのかも知れません。

 母は93歳で身罷りました。私は定年間近の58歳でした。ようやく母から独り立ちを許されたような、不思議な気持ちでした。今は天国にいる母は、私が早くやって来るのを心待ちにしてくれているように感じています。

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死ぬことの恐怖

 前々回に「死に目をつぶらないで」と題して書いたが、周りの人たちは(自分も含めて)必ず訪れる「死」に対して、必ずしも正面から向き合っていない理由として、「死」に対する恐怖があるのかも知れない。

 死ぬことに対する恐怖がどこにあるのかを考えてみると、一つには長年住み慣れた生活との別れや、親しみ合った人たちとの別れ等があり、他方では「死ぬ時の苦痛」があるように思うが、どれほどの恐怖に感じているのだろうか。

 犯罪の極刑として「死刑」があると言うことは法律的にも「死」が人間にとって一番耐え難いものであるとの認識であり、どうしても避けたいもののようである。

 しかし一方で、毎年日本だけで3万人を超える人たちが自殺している事実をどう捉えたらいいのだろうか。勿論、死ぬことの恐怖よりは、この世に生きて行く苦痛の方が大きいと判断して死を選ぶのだと考えられるが、このことは死が人間にとって一番耐え難いものであると言う論拠からすると間違っているようである。

 ましてや、私がここで書いているように、「魂」のベースで考えると、生物に「死」などないのだと言う考え方に立てば、死ぬこと事態が否定されているのだから、その恐怖などありえないと考えられるのだが。

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精神世界についての考え方

 

このブログで取り上げているような精神世界についての考え方については、従来では宗教の領域だった。神を持ち出し、その教えを継承した教祖によって、教えを説き、布教する中で、主に民衆の「死」乃至は「死後の世界」について安心を与えてきたと思う。

 しかし現存の宗教は(すべてをキチット調べたわけではないが)布教活動や民衆の救済活動に専心すると言うより、自分たちの組織を如何に維持していくかにのみ注力しているように思う。経典には素晴らしいことが書かれていても、実際の活動の中では、色々理由をつけて自分たちの都合のいいように振舞っているのが普通であるように感じる。

 最近になって、学者によるこの種の精神世界についての研究が進んできており、宗教とは関係のない形で(出来るだけ科学的なアプローチで)解明が進んできている。そのよう人たちは、従って、宗教家とは違って、金も要求しないし、精神的、肉体的に拘束するようなこともない。せいぜい講演会や書籍を通じて、自分の研究成果を発表して行くだけで、その考えを強要されることもない。

 このブログでも取り上げているように福島大学の(この4月から独立されましたが)飯田先生等は私が心酔する学者の1人である。このように宗教とは離れて、精神世界を研究する学者と共に、私のようにこのようなロジカル(?)な考えに同調する人が増えてきているように思う。意外とこの種の人たちが、世界を救うことになるかもしれないし、そうありたいと願っているものである。

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「死」に目をつぶらないで

 年末年始、恒例によって開催された同窓会やOB会に出席して、話題になるのは、お互いに年を取ったことを嘆く言葉だが、「死」については当然近い将来に訪れるとは言いながら、正面から捕らえることを避けようとしているように感じている。つまり、あと何年かで「死」が来るんだとは考えないと言うか、考えたくないというか、避けて通ろうと言う思いが心のどこかにあるように思う。

 肉体か意識体か、どちらを中心に考えるかにもよるが、意識体そのものが自分の本体だと考えると、たとえ肉体が滅んでも意識体は死ぬことはなく、輪廻の輪に入り、機会を見て又新しい生命に転生していくのだと考えると、「死」を恐れたり、避けたりする必要なないように思う。

 それでも人間は「死」を「苦」と捉え、逆らおうとしている。「死」を美しく、正しいものだとしないで、望ましくないもの、忌まわしいものとみなし、「死」を罰と考える。
(酷い犯罪を起こしたものは「死刑」にしている。)

 先日1993年に放送されたNHKスペシャルで「チベット死者の書」というDVDを買って観た。ビデオの内容はともかくとして、一番ショックを受けたのは、チベットでは一般の人たちが日常的に「輪廻転生」を信じていて、一人のお年寄が死んで、そのお葬式の儀式に参列した人たちが、日本の記者の「死を怖いと思いますか?」という質問に、異口同音で「次に生まれ変わるのだから怖くないです」と笑顔で答えていたことであり、これこそが人間の本来のあり方だと思ったからである。

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物事はどこに記憶されているか

 普通我々は見たり聞いたり学んだりしたことなっどは自分の能に記憶されると考えられている。

 しかし、文献によると、生まれる前の記憶を持っている子どもがいるということである。その子どもにとって、生まれる前の記憶というのはほんとに脳に蓄えられているのだろうか。言葉も出来ない、赤ん坊に生まれる前とは言え、それなりの基礎的な記憶がないと、まとまった形で記憶として形成できないのではなかろうか。

 老人になって、痴呆が始まると、脳は萎縮し、今食べた食事の記憶もなくなっていくのだと言われている。ほんとに脳にあった記憶がなくなっているのだろうか。或いは、脳に蓄積された記憶がシナプスが切れていて、読み出せないだけなのだろうか。

 脳は当然ながら肉体に所属し、死をもって脳も機能しなくなるはずである。しかし、肉体とは別に意識体の部分がこの記憶の部分を受け持っていると考えないと辻褄が合わないように思う。だとすると、この人間の持つ記憶というものを肉体と、意識体とがどのように分担しているのだろうか。

 ある本によると、五感で感じることは肉体に属し、感情は意識体が感じているといっているが、「うれしい」とか「悲しい」とかの感情は脳で感じているのではなく、ハート(意識体)で感じているのかもしれない。

 我々はどれだけの記憶を持ってあの世に旅立つことになるのだろうか。

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肉体と意識体

 輪廻転生の基本は、人間は(生き物は)「肉体」と「意識体」から構成されており、その寿命とともに「肉体」は死滅するが「意識体」というか「魂」は死ぬことはなく、然るべき場所(魂の故郷)に帰っていくといわれている。

 何故そんなことが分かっているのかという点であるが、4つからなる傍証から推論されている。
1)前世の記憶をもって生まれてくる子供がかなりの割合でいて、それらの子どもが覚えている前世に共通している状況から

2)瀕死の重傷を負って、死線をさまよった経験を持つ人からの聞き取り調査から、あの世の一部を垣間見た状況から

3)深層催眠によって、その人の前世の記憶を引き出すことから、何代にも亘って転生を繰り返していることが報告されている。

4)中国の奥地にあの世から帰ってきた人が沢山住んでいる地域があり、その人たちは日常的に普通の感覚で前世の話が出ているという。

一般的には4)で例証したような前世の記憶を持って生まれてくることは稀で、新しくこの世に生まれてくる時には、前世の記憶が消されているのが普通だという。

更に書くと、あの世には天国も地獄もなく、この世の中で悪いことをしても、善いことをしても、あの世で特別差別されることはないという。この世では意識体が然るべき肉体を通して、その世での試練の目標を達成できるように、精一杯の努力を傾けるだけで、誰かに評価を受けるということはないという。

人間にとって肉体とは着物のようなもので、やがて朽ちて使えなくなる。人間の本質は意識体であり、それこそが大事なのである。

輪廻を知ることにより、死を恐れず、死を悲しまなくなり、思い切った人生を送ることが出来る。

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