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母の死(1)

 まだ私が5、6歳の子供だった頃のことです。当時、夜寝る前には母に本を読んでもらっていたが、その日のお話は「ある人が素晴らしい仕事をやり遂げて、神様から大変褒められ、褒美に何でも好きなものを上げようと言われた。」というものでした。(子供の本ではよくある話ですが)その時、その人が神様に何をお願いしたかはすっかり忘れてしまいましたが、私は自分も大きくなったら神様に褒めてもらえるような仕事をするんだと強く心に誓ったものでした。と同時に、心に浮かんだのはもし自分がよい仕事をして神様から好きなものを一つあげると言われたら、何をお願いするだろうかということでした。

 眠れないままに、真剣になって考えた末に考えついたのは「母が死ぬ時には、自分も一緒に死なして欲しい」と言うことでした。5歳や6歳の子供が考えることではないのかも知れませんが、当時大変病弱だった私が母の献身的な愛で育てられ、母なしでは一日も生きられないと思っていたせいではないかと思います。

 因みに、母は1899年生まれで、私が1934年生まれですから、35歳の違いがありました。母の兄弟は男3人、女3人の6人兄弟で、母は女姉妹の真ん中でしたが、家系的に短命だったのでしょうか、当時既に上の兄二人が亡くなっていました。その後も次々に亡くなり、ついには弟も妹も亡くなって、兄弟では母1人になってしまっていました。

 私は1957年に社会人になり、59年には両親を社宅に呼んで一緒に暮らし始めました。1970年に父を送り、以後は新しく出来た私の家族と母を伴って、各地の社宅暮らしを続け、1974年、横浜に自分の家を確保して、母も一応落ち着いた生活が出来ていたように思います。その時私が40歳で、母は、今の私の歳である75歳でした。

 その後母が80歳になっても、85歳になっても元気で頑張ってくれているのを見ている内に、私が子供のときに神様に誓った「母と同じ時に死なしてください。」という言葉を思い出しました。勿論、当時は逆に母を庇護する立場にありましたが、母としてはまだまだ私が頼りないと思っていたのかも知れません。

 母は93歳で身罷りました。私は定年間近の58歳でした。ようやく母から独り立ちを許されたような、不思議な気持ちでした。今は天国にいる母は、私が早くやって来るのを心待ちにしてくれているように感じています。

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