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「死」に目をつぶらないで

 年末年始、恒例によって開催された同窓会やOB会に出席して、話題になるのは、お互いに年を取ったことを嘆く言葉だが、「死」については当然近い将来に訪れるとは言いながら、正面から捕らえることを避けようとしているように感じている。つまり、あと何年かで「死」が来るんだとは考えないと言うか、考えたくないというか、避けて通ろうと言う思いが心のどこかにあるように思う。

 肉体か意識体か、どちらを中心に考えるかにもよるが、意識体そのものが自分の本体だと考えると、たとえ肉体が滅んでも意識体は死ぬことはなく、輪廻の輪に入り、機会を見て又新しい生命に転生していくのだと考えると、「死」を恐れたり、避けたりする必要なないように思う。

 それでも人間は「死」を「苦」と捉え、逆らおうとしている。「死」を美しく、正しいものだとしないで、望ましくないもの、忌まわしいものとみなし、「死」を罰と考える。
(酷い犯罪を起こしたものは「死刑」にしている。)

 先日1993年に放送されたNHKスペシャルで「チベット死者の書」というDVDを買って観た。ビデオの内容はともかくとして、一番ショックを受けたのは、チベットでは一般の人たちが日常的に「輪廻転生」を信じていて、一人のお年寄が死んで、そのお葬式の儀式に参列した人たちが、日本の記者の「死を怖いと思いますか?」という質問に、異口同音で「次に生まれ変わるのだから怖くないです」と笑顔で答えていたことであり、これこそが人間の本来のあり方だと思ったからである。

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