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物事はどこに記憶されているか

 普通我々は見たり聞いたり学んだりしたことなっどは自分の能に記憶されると考えられている。

 しかし、文献によると、生まれる前の記憶を持っている子どもがいるということである。その子どもにとって、生まれる前の記憶というのはほんとに脳に蓄えられているのだろうか。言葉も出来ない、赤ん坊に生まれる前とは言え、それなりの基礎的な記憶がないと、まとまった形で記憶として形成できないのではなかろうか。

 老人になって、痴呆が始まると、脳は萎縮し、今食べた食事の記憶もなくなっていくのだと言われている。ほんとに脳にあった記憶がなくなっているのだろうか。或いは、脳に蓄積された記憶がシナプスが切れていて、読み出せないだけなのだろうか。

 脳は当然ながら肉体に所属し、死をもって脳も機能しなくなるはずである。しかし、肉体とは別に意識体の部分がこの記憶の部分を受け持っていると考えないと辻褄が合わないように思う。だとすると、この人間の持つ記憶というものを肉体と、意識体とがどのように分担しているのだろうか。

 ある本によると、五感で感じることは肉体に属し、感情は意識体が感じているといっているが、「うれしい」とか「悲しい」とかの感情は脳で感じているのではなく、ハート(意識体)で感じているのかもしれない。

 我々はどれだけの記憶を持ってあの世に旅立つことになるのだろうか。

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