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「癌」待望論

この記事は丁度10年前に書いて、ホームページ上で発表し、賛否両論をいただいたが、歳を取るに従って賛成が増えてきているようである。ここに再掲して認識を新たにしたい。

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日本は今や世界一の長寿国になっているが、これは日本の医療技術の高さと、誰もがこの高度な医療が受けられる環境がそうしているのだと思う。しか しこの結果として、一方では年寄りの人口比率が急激に大きくなって、特に年金や介護の点で問題になってきている。政府もこの点での対応策を準備している。

これは一般的な話であるが、自分の問題として考えてみる必要がある。
自分もこの4月で満65歳になる(十年経っているので75歳なるが)。今のところは元気で生活していく上での不自由は無いが、これからは歳と共に、いろんな形で動けなくなって行くし、ましてや一度病気や怪我をすると、それを機会に足は衰え、体は鈍って、普通の生活に戻ることは難しくなると思われる。

必然的に死と向き合うことになるが、一般的には人は出来るだけ長生きしたいと考えているようだし、そのような努力をしてきていると思う。

自分としては長生きするよりも、周りの人にあまり迷惑を掛けないでオサラバしたいと思っている。歳を取って動けなるだけではなしに、脳溢血や、脳血 栓のように、神経をやられて、動けなくなることもあり、これを含めて兎に角家族や病院の関係者に迷惑の掛からないように旅立つことを願っている。

どのような死に方があるのか、これは神の領域の仕事であって、自分にどうすることもできないが、上記のような観点からいくつかを考えてみたい。

ありそうなことでは交通事故があるが、これはどちらに落ち度があったにせよ、やはり大きな悲しみが伴うとしたら、出来るだけ避けたいと思う。やはり 何らかの病気ということになるが、上でも触れたように、機能障害の残る病気は出来たら勘弁してほしい。心臓関連の疾病だと、勝負は早いが、もう一寸この世に 名残が残せる方がいいような気がする。

そうして考えてくると、「癌」というのはなかなか捨てがたいものがある。
しかもその癌を治療するために、切ったりはつったりすると、あちこちの臓器が痛んで、命は助かっても、寝たきりになるのではアブハチ取らずになるので、出来るだけ「癌」も自然な形での、最後を迎えるのが良いのではと思っている。

現役時代は家族を養わなければならなかったので、毎年必ず人間ドックで検査を受けてきたが、退職後はいっさい止めた。何とか癌がとりついてくれないかと密かに願っているこのごろである。

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コメント

始めまして
癌になることをひそかでも願ってはいけないと思います。
私は、先日めまいがして、妻に迷惑をかけてはいけない、
記憶があるうちに人々の幸せを祈って、
断食の修行に入らなければならないと思いました。
耳鼻院に行ってすぐ治りました。
人間修行をするために生かされているのですから、
なんらかで人のためになることをするべきでしょう。
生意気なことを言いました、ごめんなさい。

投稿: ソレイユ | 2009年5月 2日 (土) 10時36分

 ソレイユさん、お立ち寄りの上、コメントいただきまして、有難うございました。
 私は別に積極的に命を縮めようとしているわけではないのです。人間の肉体はどこかで死ぬわけですし、同じ死ぬなら「癌」がいいのではという論理です。
 ソレイユさんは「死」が怖いだけではないのでしょうか。
 <人間修行をするために生かされているのですから、>
 その通りと思います。癌になることも修行なのではないでしょうか。

投稿: KAJI | 2009年5月 2日 (土) 18時04分

癌が嫌われたり恐れられたりするのは、それが死病であることもさりながら、苦痛の激しさによると聞いたことがあります。
http://www.gan-jiten.com/measure/03/post_7.html
苦痛はいかに激しくても、自分で我慢している限りは他人に迷惑を掛けずに済むかもしれません。しかし私はそんなにがんばれる根性もないし、やはり嫌というか恐いです。
緩和ケア技術の進歩もあり、それほどのことはないのかもしれませんが。
63歳です。

投稿: 金子 | 2012年1月24日 (火) 11時17分

 金子さん、大変失礼しました。

末期がんの痛みにつきましてはその後のブログで「死の瞬間」と題して書いています。それによると、末期医療による治療とは別に、自分自身もエンドルフィンを大量に放出して、痛みを緩和すので、見ているほど痛くはないのだそうです。

 

投稿: KAJI | 2012年1月24日 (火) 17時25分

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